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敵に勝つとどうなる

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  サムライジャパンはWBCで五連勝してとうとう決勝まで勝ち進みました。  前回も前々回もここまで来なかったが、今回はここまできたのです。日本中の子供から年寄りまで、歓喜に沸いています。生きる勇気が与えられたかのように喜んでいます。自分が人生に勝利したかのような気分になっているのです。  願わくば決勝にも勝って世界一になって欲しいものです。そうすれば勝利者の国と言う意識が更に高くなるでしょう。自分は弱いと思って生きていた人も少しはもっと頑張れると思うようになるでしょう。受験生も必ず志望校に入学して見せると闘志が出てくるでしょう。  私たちの主・キリストは悪魔の誘惑に勝ち、ご自分の願いと意思に勝ち、悪魔の頭を打ち砕き、死に打ち勝ち、今も勝利者として生きておられるのです。  そして私たちが信仰の勝利者となり続ける人生を願い期待しておられるのですから、神の言葉と信仰と御名の権威と力によって勝ち続けて参りましょう。

異言の祈りの力

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   米国はオクラホマ州のタルサにあるオーラル・ロバート大学病院の脳専門医は、研究と実験により、人が異言で祈るとその人の脳は免疫システムに向けて二種類の化学物質を分泌し、35%から40%免疫力が高まることを発見しました。興味深いことにこれらの分泌物は何の活動もしない脳の部分が異言の祈りによってのみ活動が引き起こされる結果もたらされると言うのです。  2003年SARS(重症急性呼吸器症候群)がシンガポールで発生した時、免疫システムが弱い人が多く亡くなりました。あるキリスト教会の74歳の信者は心臓が弱く免疫力を高める必要がありました。彼の動脈2本は70%閉塞してて、5本の血管は80%閉塞していたからです。神の僕が心臓の癒しを望む人は立つよう呼びかけると彼は立ち上がり、自分の手を心臓の上に当てて異言で祈りました。その時彼は神に触れられ別人になったと感じたのです。彼が健康診断を受けると彼の血管から全ての閉塞状態が無くなっているのを担当医が発見したのです。  異言の祈りはただその人の徳を高めるだけでなく、魂を整え力を与え立てあげるだけでなく、肉体の健康をも改善するのです。それは霊の中に居られる癒し主なるキリストと祈る人の魂が一体になることを通して霊から魂そして肉体へと神の力が流れていくからです。  癒し主・キリストは昨日も今日もいつまでも変わらず働かれていることを覚えましょう。  どんな困難な病でも体のシステムでもそれを創造されたお方は治すこともできることを感謝しましょう。

鶯の声を聞きました

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  今朝の日の出は5時45でした。その15分くらい前に栃木市総合運動公園で鶯の鳴く声が聞こえました。なんと気持ちよくすがすがしい声なのでしようか。今朝は久しぶりに寒く男体山も鶏頂山も雪がありました。  運動公園には様々な鳥がいて、それぞれの声で泣いています。どの鳥も創造主から与えられた声で精一杯泣いています。私たちもそれぞれ与えられた性格、能力、賜物、召命は異なります。しかし、どんなに、弱くても、勇気がなくても、病気がちでも、年老いててもその存在の全てをもって主を崇めましょう。主だけがすべての栄光を受けるに相応しいお方だからです。  季節と雨と天気をくださり、祈りに答え、弱い者には力を与え、健康を与え、私たちの一生に良きもので満たしてくださる、愛と恵みに富まれる主に感謝をいつも献げましょう。  御子と共にすべての良いものを与えてくださる良き天の父を賛美しましょう。  私たちが変わっても変わらない愛を持って愛し続けてくださる主にお仕えしていきましょう。

なつめっ子後援会のご案内

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  大洪水で国土の1/3が湖になった国、パキスタンの孤児や青空学級を応援してください。  私たちはその子らを支援する働きをしております。パキスタンは日本の2倍の広さがあるイスラム教国で二億二千万の人口があります。インドやネパールと同じ食文化の国です。デーツと言う名で親しまれているなつめやしが取れる国です。それで活動の名前を「なつめっ子後援会」と名付けました。  私たちはそんなパキスタンの校舎もない学校で学んでいる子どもや孤児たちを支援しています。パキスタンはカレーをよく食べる民族なので、お米などの食料や靴、医療、教科書、寝具等を支援してきました。およそ2万円で1ヶ月孤児たちや青空学級の子どもたちに給食を食べさせてあげられます。また、建物がないのですが、地震や大水にも対応できるような大きなテントをこれから設営して教室などに使うべく予算の確保を願っています。  パキスタンはイスラム教国ですが子どもたちは熱心なクリスチャンです。毎日私たち日本の支援者のためにもお祈りしています。2023年三月の中旬は断食をして自分たちの必要のために神さまに祈りました。将来キリスト教の牧師や伝道者になりたいと志してる子どもたちも多くいます。パキスタンはイスラム教国ですがタリバンの影響も強く政情も不安気味な国です。15歳の識字率も58%なので私たちが支援をする青空学級もパキスタンの識字率改善に役に立っているのです。パキスタンは今若者が海外に流出しています。インフレ率が高く、経済的に苦境に立つ中パキスタンの未来を担う子どもたちに希望を持たせる事が必要なのです。  私は、パキスタンの大洪水の後で子どもたちに青空学級で教え、孤児たち13人を自分の家でお世話しているマシ牧師にFacebookで知り合いました。多くの外国人が支援を求めてくる中でマシ牧師は一切そのようなことは求めてきませんでした。私はかつてフィリピン・ミンダナオで孤児院を運営していましたが、日本からチームを連れて行くと必ず後で連絡が来て支援して欲しいと要求してきました。あまりにも貧しいので気持ちはわかりますが、引いてしまうものです。マシ牧師は自分の苦しい状態は何も言わずこの子どもたちのためにお祈りしてくださいと要請してきました。それでマシ牧師の働きを支援することに決めたのです。私はもう70歳を過ぎましたので全力で支えていくことは困難です。...

諦めない限り人生は変えられる

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   これは志望した一橋大学でどうしても学びたくて、七浪して入学を果たした若者が語る言葉です。  父親から「経済的に岩手大学以外行かせられない」と言われ、塾の講師からは「お前は一橋に行くには学力も努力も足りない」と通告されるもの、受かった国立大学で更に学びました。2年生のときには冬学期に1コマ90分の授業を週に19コマ受講し4年生になると卒業要件単位の120の倍以上である245単位をとっていたそうです。卒業後は中高一貫校の非常勤講師をしながら更に学び続け遂に一橋大学に入学し、卒業後は、中学社会・高校公民、中学・高校ドイツ語の教員免許に加え、一橋大学在学中にそれぞれ中学・高校の地歴、英語、数学の教員免許を取得、2校の掛け持ちをしながらさまざまな科目の勉強を教え、予備校の数学の模試の採点も頼まれるようで、大車輪の活躍をしています。  キリスト信者は、イエスさまにお願いするのだから自分は何もしなくていいと考える人も少なくないです。しかし、神さまから与えられた知性は磨き研鑽を積むことでより高めることができるのです。そのために自ら学び深めることは一人一人の若者に与えられたチャンスなのです。神さまから与えるチャンスを活かし用いましょう。希望を持ち忍耐を養うこともできます。若い時に苦労する事は有益なのです。私は10歳から中学卒業するまで朝夕の新聞配達・集金をし、高校大学は働きながら夜学びました。神学校・神学大学も働いたり主の仕事をしながら学びました。  怠けるためではなく、やり続け成し遂げるために神さまの助けを求めていきましょう。  神さまの栄光のためにも人一倍学び良い学校に入り神さまのために有用な人材になっていきましょう。

友達何人いますか

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   私はよく引越しをしたので友達が殆どいません。息子は一人っ子であったせいか友達を非常に大切にして多くいます。孫娘も一人っ子なので大人まで友達にしています。  滅びに至らせる友人たちもあれば、兄弟よりも親密な者もいる、友を捨てるな、人が倒れる時にはその友が助け起こすが友のいない人は可哀想だ、と聖書は教えています。  何より素晴らしいのは私たちが神の定めと命令を行うなら神は友としてくださるという事です。そして主・イエスさまは人がその友のために自分の命を捨てるこれよりも大きな愛はないと言われ、その通り私たちのためにご自身の命を捨ててくださったのです。  贈り物をしなくても離れない友を増やしましょう。  信仰の友はより素晴らしい存在であることを覚えましょう。

祈りの集会を持ちましょう

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   以前Facebookに投稿した、異言の祈りに対して昨日今日と何通ものコメントがありました。  また伝道協会の協力会員の方からも祈りの要請がありました。折しもパキスタンのマシ牧師から孤児たちの食量支援依頼と共に、今日は孤児たちや青空学級の子供達と断食祈祷をするとの連絡がありました。私は来年から始まる神学校では毎週金曜日は断食にして祈る日にしようと考えています。祈りの集会も行っていく予定です。  パキスタンの子らがパキスタンを変え、世界を変える祈り手になるよう祈り続けます。さらに子供たちが自立したらあどない・いるえ神学校に迎えて訓練してあげたいものです。あどない・いるえ伝道協会が宗教法人を取れば宣教師として海外から受け入れる事が容易にできるようになります。主に召された人々が集まり心を合わせて祈るなら主は多くの事を語られ、道を開いて、事を行わせてくださる事でしょう。  もう主が来られる時が近く、終末のリバイバルが始まりつつあるからです。  心を合わせて祈る時が至る所で持たれるなら神の働きも至る所でなされていく事でしょう。