雨が降るというのは素晴らしい神さまの恵です

  


日本は四季があり恵みの雨が降る国ですが、世界的にはヨーロッパもアフリカも西アジア、中国も干ばつで多くの人が水を求め、争いまで起こっています。

 エリヤは主の言葉に従って雨の降るのを止めたが、主の言葉によって再び雨が降るように祈りそして大雨が降りました。「彼らは雨を待つように私を待ち、後の雨を待つように彼らは口を大きくあけて待った」(ヨブ記 29章23節)。
 主は大雨を、先の雨と後の雨を季節に従って与えてくださるのだから、私たちは主を待ち望もうとエレミヤは語りました。ホセアは大雨のように私たちのところに来て、後の雨のように地を潤される主を体験的に知ろうと記しました。ヨエルは主は大雨を降らせ初めの雨と後の雨を降らせてくださるのだから神の民は喜び楽しめと言い、ゼカリヤは後の雨の時に、主に雨を求めよ。主はいなびかりを造り、大雨を人々に与え、野の草をすべての人に下さると主から言葉を預かったのです。
 してみると主は作物のためにも地を潤すためにも、人が生きるためにも雨が必要な事を知っておられ、季節毎にくださるお方なのです。私たちが魂の収穫の為に祈り求めている事もご存知です。そして大収穫のために恵みの大雨を賜るのです。
♪♪ 雨を降り注ぎ 恵み給うと 神は愛をもて 誓い給えり
雨を降り注ぎ 強き音もて 眠る民の目を 覚まし給えや
雨を降り注ぎ 神の言葉の 変わりなきことを 示し給えや
雨を降り注ぎ ひとりびとりに 奇しき汝が業を 見させ給えや
夕立のごと 天つ恵みを イエスよ今ここに 注ぎ給えや♪♪
 この賛美のように、私たちの魂の渇きに、祈ってる家庭の愛の渇きに、神さまの恵とみ業を渇望する者たちに、必ず主は恵みの大雨を降らせてくださいます。
 長く待ち望み、祈り続て、求め続けた者こそその大雨の恵みを享受できるのです。

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